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最高裁判所第一小法廷 昭和33年(オ)866号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理由

上告人両名代理人弁護士前田慶一の上告理由第一、二点について。

原判決の引用した第一審判決は、その挙示の証拠により上告人林は本件トラツクを運転し、本件事故発生の地点にさしかかつた際、伯川正人(当時八歳)が進路左側から右側に向け進路前方を横断しようとして進出したのに気付かず、約八米に接近して初めて正人を発見し急遽急停車の措置をとつたが、間に合わず、右トラツクを正人に激突させたものと認定した上(正人が上告人林において何ら応急の処置もとり得ない予測し難い地点から突然飛出して来たとは認定していない)、以上のような事実関係であるから、本件事故は上告人林の前方注視の義務を怠つた過失に起因するものであると判断しているのであつて、前示証拠に照合すれば右のような事実認定も首肯できないことはなく、そして右事実に基づき上告人林に前方を注視する義務を怠つた過失あるを免れないものとした判断もこれを正当と認めざるを得ない。所論る述の要旨は右認定事実と異る事実関係を想定して上告人林の無過失を論証せんとするものであつて、結局原審の専権に属する事実認定の非難に帰する。なお、所論は本件事故に関する刑事判決を云為するが右判決の内容が如何ようにもあれ、原審としてこれに一致する判断をしなければならない筋合はなく、また右判決と一致しない事実認定をするについて第一審判決の説明以上の場面を附け加えなければならないわけもない。されば原判決には所論の違法ありというを得ず、所論は採用できない。

同第三点について。

按ずるに、民法七二二条にいわゆる過失とは単に被害者本人の過失のみでなく、ひろく被害者側の過失をも包含する趣旨と解するを相当とする。従つて本件のような場合被害者正人の過失だけでなく、もし、事故発生の際正人の監督義務者の如きものが同伴しており、同人において正人を抑制できたにもかかわらず、不注意にも抑制しなかつたというのであれば、原審としてはその同伴者の過失を斟酌したであろうやも測り難いのである。然るに記録によつても明かなように、上告人らは原審においても右過失の斟酌さるべきことを主張したにもかかわらず、原審はその点について何ら考慮を運らした形跡がないのであるから、原判決はこの点において審理不尽、理由不備の欠陥を蔵するものと云うの外なく、論旨は結局理由あるに帰する。よつて、右の点について更に審理をつくさせるため、原判決はこれを破棄し本件はこれを原裁判所に差戻すを相当とし、民訴四〇七条一項に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 斉藤悠輔 裁判官 高木常七)

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